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道程の楽しみ方

 小説家を目指し、日夜思考中。その中で気づいたり、感じたり、些細な本音を語りたいと思います。興味のない方はご遠慮ください。   ※注意事項です。当ブログ内で、小説は公開していません。期待していらっしゃる方にはごめんなさい。

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Ⅲ ドストエフスキー

69ページの日記です。


 二月が終ろうとしています。相変わらずの進行状況。自己嫌悪以外のなにものでもない感覚に襲われる毎日です。

 更新を怠けてごめんなさい。


 いつもと同じ謝罪からはいりましたが、皆様は元気ですか? 元気じゃないと仰る方々は、映画にでも行ってください。そして『人間失格』を見て、さらに落ち込んで帰ってください。

 太宰もいいですが、ドストエフスキーもいいですね。映画化されたら前売り券を買って――いつもならレンタルです。だって、煙草が吸いたいから――映画館で見たいものです。

 なぜそう思ったかというと、今読みかけの本がありまして。その名も『ドストエフスキーの世界観』 (著者 ペルジャーエフ 訳 斉藤栄治)です。これがまた難しいのなんの。トルストイを引き合いに出したりするのですが、ドストエフスキーが“神の使い”のように語られています。

 斜め読みしようものなら、それこそ“罰”がくだりそうな勢いですからね。


 読むのやめたら夢に出ないか、真剣に悩みそうですよ。

 ちなみに図書館で借りた本ですから、金銭的には――時間は、ねえ――痛くありません。再読したいなら借りればいいだけですから。


 これを読み続けている一ヶ月が取り戻せるなら、文庫本三冊を六回は読めた気がします。まあ、仕方のない話ですけど。

 二月は珍しく、本屋に足を運んでいない月になりました。それもこれもドストエフスキーのお陰なのですが、読みかけの小説があるので、いい加減に読破しないといけません。

 その本は『犬の力』と『粘膜人間』です。去年の洋書ミステリーである『犬の力』をまだ読んでません。買ったのは年末ですから、二ヶ月は積読しているわけですね。『粘膜人間』も一緒に買ったわけですから、同じく積読です。


 まあ、図書館の返却期日が迫っているので、一応、再チャレンジしてみようと思っています。



 もしかしたら、半年後に読んでいるかもしれませんけどね。『ドストエフスキーの世界観』を。


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