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道程の楽しみ方

 小説家を目指し、日夜思考中。その中で気づいたり、感じたり、些細な本音を語りたいと思います。興味のない方はご遠慮ください。   ※注意事項です。当ブログ内で、小説は公開していません。期待していらっしゃる方にはごめんなさい。

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Ⅲ 小休憩

 55ページ目の日記です。

 連休だということもあり、執筆に専念――実際は書いていない時間のほうが大半ですが、終日頭から離れていません――しているのですが、構成を変える誘惑にかられています。

 頭の中で構成を入れ替えたり、文章を綴ってみたりしているのです。


 まあ、PCの前に座って唸るだけの時間のほうが長くなってきたので、気分転換も兼ねた更新といったところです。


 そうしているうちに思い出した言葉があるので紹介します。


「あなたは自分を『どんなことができるか』で判断します。しかし、他人はあなたを『実際に何をした人か』で判断するのです」

               ――― L・N・トルストイ ―――


 執筆している過程は、決して面白い姿ではありません。真っ白な紙(画面)に言葉を綴っていくだけです。

 最初に書かれた言葉と最後に書いた言葉では(作者には)違って見えているのです。
 書いては消してを数十回――人によっては、数千回かもしれません――繰り返して書かれた納得できる言葉は、最後のほうだけなのです。その前の文章を消し、納得できる文章に合わせて書き直します(私の執筆スタイルです)。そうした苦労も、完成しなければ意味がありません。もちろん、書いた本人には意味がありますが、職業作家を目指すなら〝完成することが絶対条件〟です。そうじゃなければ、本になりません。


 他人に過程は必要ではないのです。友達や家族といった親しい人たちは、関心をもってくれます。あなたも私も知らない他人は、結果しか興味がありません。

 しばしば芸術家の過程を描いた作品もありますが、それが〝作品として完成している〟から成立しているのです。


「『どうしても使わなければいけない言葉』しか使ってないと思わせなければなりません」

               ――― W・B・イェイツ ―――

 そんな過程を知りたいと思うでしょうか? それが偉人伝のような本なら興味も覚えるでしょうが、未完ではそれほどの価値しか感じてもらえないでしょう。
 それが完成させるということです。少なくとも、私はそう思っています。


 たまには立ち止まり、こうして思い出さないと忘れがちになってしまいます。

 執筆しているから作家であって、書き上げることができるから〝プロの作家〟になれるということ。


 スタート地点に戻り、整理することも大切だと思ったわけです。




 さて、執筆に戻りますね。


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